美容院から帰った私を見た夫が、開口一番こう言った。「ひろこ、すごく若作りだねえ。」
本当ならグーで殴ってやりたいところだがここはぐっとこらえ「あなた、若作りって言うのは誉め言葉じゃないの。無理に若いふりして見苦しいって意味なのよ。」と教えてやると、彼は「そうなの?初めて知ったよ。」と目を丸くした。
そう、彼は覚え違いの達人なのだ。なにもことわざや慣用句に限ったことじゃない。彼にかかればどんな固有名詞だってあっというまに大変身。
先日も、「ひろこ、今日青山で女優の乙葉信子さんを見たよ。さすが、女優さん足がきれいだった。」という。
えっ、乙葉信子さん?足?オトワ、オトワ‥、「あなたそれってもしかして俳優の村井国男さんの奥さんの“音無美紀子さん”?」
「あっ、そうか、それそれ。すごいな、よく解ったね。」と感心することしきり。一事が万事この調子で、彼の中では、ロッテリアでも“マックシェイク”だし、スーパーのマックスバリュはいくら言っても“Mr.マックス”なのだ。
名の知れたコンピュータ会社で営業部長をしている彼は、決してバカではない。しかし思い込みか激しいせいか、一度間違って覚えるとずっとそのまんま。息子曰く「パパのコンピュータは、一度間違ってインプットするとキャンセルが効かないんだよ。」そして、ママは非常に優秀な通訳だ、と誉めてくれる。
「長いつきあいですもの、パパの考えていることなら大抵の事は解るわ。」と、私はいつも得意げに肩をすくめるのだ。
そんなある日、私が買物から帰ると、先に帰宅していた夫が「新聞の集金が来たから払っといたよ。」と言う。
「ありがとう。いくらだっけ?」と財布を開けると、夫はニヤニヤして「お金もってなかったから、ひろこのへそくりから借りちゃった。集金の人にまた来てもらうのも悪いだろう。」
「えーっ、なんで場所が解ったの?」
うろたえる私に彼は「そりゃ、長いつきあいだからね。」と言った。
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