街を歩いていてビックリした。
人込みから突然、“フーテンの寅さん”が現われたのだ。ダボシャツに背広を小脇に抱え、手には箱型の皮カバン、足は雪駄とくれば、もう寅さんしかいない。思わず「アッ!寅さんだぁ〜」と声をかけると、彼は被っていた帽子をひょいとあげ、ニッコリして会釈をしてくれた。
もちろん、ホンモノの寅さんではない。ニセモノといって悪ければ、寅さんのソックリさんである。
私の住んでいるところは葛飾・柴又の帝釈天が近いせいか、ときどき“フーテンの寅さん”が出没する街だ。それもどうやら同一人物ではなく、“寅さん”は何人もいるみたいで、微妙に背恰好、顔つきがちがう
つい先日も、近くのM公園に花見に行くと、正面の噴水広場で“寅さん”を見かけた。こんどの“寅さん”はBGMまで流す念の入れようで、花見に来た人たちに角ばった顔で笑いを振りまいている。瞬間、もう「男はつらいよ」の世界に入ったような気分になった。
桜の木の下で花見をしていると、BGMが流れてきて“寅さん”が雪駄の音をさせながら歩いてきた。近くにビニールシートを敷いたホロ酔い加減のオジサングループから「よっ!寅さん、よく帰ってきたね〜」と声がかかった。子供からは「アッ!寅さんだぁ〜」と黄色い声が飛んだ。
“寅さん”の後ろには赤い顔のオジサンがBGMを流すカセットを手に付き従っている。どこかで意気投合したのだろう。映画の「男はつらいよ」で言えばさしずめ佐藤蛾次郎演ずる舎弟分というところだ。
ときどき花見客に呼び止められては中腰になって会話を交わしている。遠くから見ると、いかにもホンモノの“寅さん”が故郷に帰ってきて馴染みの人と話をしているように見える
“寅さん”は帽子を取って花見客に挨拶をしながら通り過ぎるだけで、名調子のタンカ売を披露したり、モノマネをするわけではない。ただ懐かしそうに地元の公園を歩くだけだ。
花見を終えて帰りかけたら、またあのBGMが聴こえてきた。昼酒で気分がよくなっていたので、「寅さん、こんどはいつまでいるのさ?」と聞いたら、首をかしげて照れたように笑うだけだった。その仕草がいかにも“寅さん”らしい。
街に出現する“寅さん”たちが何の目的で時々“寅さん”に変身するかは知らないし、どんな職業の人かも分からない。でも、そんなことより、“寅さん”と会えただけでホッとするのである。
こんどは、いつ、この街のどこで、どんな“寅さん”と会えるだろうか。
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