典型的な下町といわれた当地に引っ越してきて1年過ぎた。
学生時代にはよく友人を訪ねてきた街だから、越す前から「下町に住むのは初めてだな」という感覚でいた。越してからもしばらくはK駅周辺の込み入った路地の飲食街を歩きながら「これぞ下町」と思った。
周囲の人からも「下町に越したんだって?人情と風情が残って住みやすいだろ?」と聞かれた。ヒガミ根性じゃないけれど、どうもそんなセリフの言外に「下町は昔のまま。すこしも変わらないね」という響きを感じてしまった。要するに、人は下町は「昔ながらの人情と風情が残っている」と言う反面、「情報と文化ではかなり遅れている」と思い込んでいるんじゃないか。もっと言えば、「新宿、青山にくらべたら化石かもな?」くらいに思っているかもしれない。
かくいう私だって駅近くの小さな飲み屋で一杯飲っていて、ふた昔くらい前にタイムスリップしたような錯覚がした。そう、たまたま隣り合った見ず知らずの人との会話にも、どこかノンビリして人情が通い合うのだ。
ところが、そんな下町観が吹き飛ばされた。
カミさんに誘われて隣の駅の近くにオープンしたショッピング・モールの「A」に出かけて驚いた。ホームに降りた人々がそのまま大群集になって歩道橋のエスカレターに、まさに突進しているのだ。
「おい、この人たち、皆あそこに行くのか?」
「決ってるでしょ〜に」
と言い合いながらビルに入って、そのフロアの広さ、人の多さ、店の数の多さに、また驚いた。
休日とあって子供連れが圧倒的に多い。若いカップルだけじゃなく、シルバー世代も目立つ。
売っているのは衣料、靴、スポーツ用品、生活雑貨、その他もろもろ。なかには昔懐かしい駄菓子屋のコーナーまであって、これが老若男女でギシギシの混雑。つい群集心理(?)に巻き込まれてしまい、歯が悪いくせにイカのゲソの袋詰めを何袋も買い、カミさんに「バーカ」と言われてしまった。
店を覗いたあとは、シネマコンプレックスに行ってみた。子供連れが列をなしているのはアニメ上映館だ。時間がなかったのでシアターには入らなかったが、大人向けの上映館には観たい映画も上映予定にあった。こんどは映画を観に来ようと思った。
小腹が空いたので軽い食事をして家に帰ろうとしたら、カミさんに「近いんだから」と北千住まで行くことになった。千住はカミさんの出身地で今も実家がある土地柄。墓参りをすませて向かったのはオープンしたばかりの「あだち産業芸術プラザ」。
ここには劇場があるほか故黒澤明監督の功績を継承する塾もあり、文字通り文化の発信地だ。
千住出身のカミさんに、
「北千住も変わったでしょ?」
と自慢げに訊かれたが、
「はい、大いに変わりました」
と答えるしかなかった。
下町は人情と風情を残しつつ、時代の文化の発信基地にもなりつつあるのだ。
「下町はいいですね」と言われたら、
「そう。新しい時代を切り開くのは下町です。女房も下町の千住生まれです」
と答えてやろう。
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