カミさんと公園を散歩しているとき、どちらからともなく池のほとりの土手を覗き込んだ。
「オイ!あれ野蒜(ノビル)じゃないか?」
「どれどれ。アッ!ほんと、ノビルだぁ〜」
もう言葉は要らなかった。
二人して土手に踏み込むと雑草を掻き分けてはノビルを引き抜き始めた。
ミニュチュアのタマネギのような形をしたノビルは酢味噌をつけて食べると、辛味と歯ざわりがよくてビールのツマミにはもってこいなのだ。エシャレットの味にも似ているが、アレよりは野趣に富んで素朴な味覚といえる。
雨の降った翌日は土が柔らかいのでよく抜ける。反対にカンカン照りがつづくと茎の途中からプツンと切れてしまう。粒の大きいのを抜くにも要領があり、根っこにちかい茎が太いと大粒が採れる。
茎の途中で切れるたびに「畜生!」と声を上げると、カミさんに「シーッ」と声をかけられる。
初日の成果はまずまずだった。
翌日は娘と犬も連れて繰り出した。
イヌのリードを池の柵に括りつけ、今度は3人がかりで土手にへばりついてノビル採りだ。
「オイ!これ大物だろ」
「これ見てよぉ〜!きょうのトップ賞よ」
「なんだかノビル泥棒みたいな気分だな」
「労働したし、ノビルでビール。楽しみ、楽しみ。ヒヒヒ」
「みっともない。静かにしなさいよ」
と抜き続けていると、自転車の急ブレーキの音。
まさか!管理事務所の抜き打ち見回りじゃないだろ?と一瞬、青くなったが、土手の上を見上げるとママチャリに乗っていたのは60代とおぼしき普通のオバちゃん。
「アンタらは何採ってんの?」
「あのぅ、ノビルですけどぉ」
「ああ、そうなの。いつもアタシはセリを採りに来るのよ」
オバちゃんの手元を見ると、名称不明の小さなフォークのような道具を持っている。それでセリを迅速かつ丁寧にサッサと採っていくのである。
「セリをテンプラにすると、美味しいんだからぁ」
オバちゃんは器用に手を動かしながら話しかけてくる。我ら俄仕込みのノビル採り軍団とは年季が違うのだ。
「きょうは沢山採れたからお裾分けしたげるわよ」
とオバちゃんはセリを詰めたポリエチレンの袋を差し出した。とても自然な物腰に遠慮なく貰った。お返しのつもりで「これ、どうぞ」とノビルの束を渡そうとしたら、
「それはお酒の肴にはいいけど、オカズにはならないからね」
と言われ、呑み助一家は「たしかに、そうですねぇ」と恥じ入ってしまった。
オバちゃんが「お先にね」と帰ってから、それをしおに我ら一家も帰ることにした。ノビルとセリでパンパンの袋を手に帰りながらなんだか畑荒らしのような気分になってしまった。
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