キッカケは葛飾・柴又の駄菓子屋だった。
帝釈天の参道を道々かじったイカ駄菓子の味と固めの歯ごたえが忘れられなくなってしまったのである。
スルメを細かく四角に刻んで唐辛子を利かせた辛口のヤツで、噛んでいると、しばし口寂しさから解放されるし、脳が活発化してくるような気がするのだ。
菓子専門の安売り店では一袋が28円という安さも魅力。店の前を通ると必ずキリがいいように10袋買うのが習慣になっていた。
クチャクチャ噛みながら一緒に散歩をしていると、カミさんからは、
「子供じゃあるまいし、ミットモないから止めなさいよ」とか、「恥ずかしいから離れて歩いてよ」
と言われるが、クセになってしまって、おいそれとは止められない。
カミさんが出かけるときは必ず「アレ買ってきてくれよ」と念を押すようにもなり、カミさんが「あ〜あ、イカ駄菓子のマトメ買いかぁ〜。こっちの身にもなってよね」と愚痴ると、「ほれ、釣銭は取っとけ」とお駄賃もあげ、止められない味にありついていた。
しかし、あるときを境にイカ駄菓子はパタリと店から姿を消してしまったのだ。いつでもあるべきはずのイカ駄菓子がないときの喪失感はこたえた。あれだけ人を小バカにしていたカミさんでさえも、
「きょうもなかったわよ」
と溜め息混じりに言い、心なしか顔色が冴えないように見えた。
手に入らないとなると余計に欲しくなるのが人間心理というものだ。菓子の安売り店に再登場する気配がないとみると、大手のスーパーの菓子コーナー、酒の激安店のツマミコーナー、コンビニを探しまくった。同じメーカーのイカの菓子はあるにはあった。だが、酢漬けの柔らかいイカで、あの辛口味の固い歯ごたえのヤツとは違う。
近所で駄菓子屋を探し当てたが、店番のおばあちゃんに、「さぁてねぇ、ウチはガキンチョ相手だからね…」と怪しまれた。
近くの酒屋に飛び込み、「酒のツマミにもなるスルメを細かく刻んで……」と説明しても埒はあかず、「お酒は要らないんですかぁ〜」と言う声を背中に受け、ほうほうの体で店を出てきたりもした。
思いあまってメーカーにメールで問い合わせたら「辛口は大手スーパーさんでは取り扱っていません。弊社に注文いただければ200〜400袋入りを代金到着後、お届けします」と返信がきた。
(こっちは売ろうというわけじゃないからな)と遠慮したが、あのイカが食いたいと、諦めきれない。
そんなときカミさんと娘が出かけた。ダメもとで「もしあったらでいいから」と頼んだ。
帰った二人が肩を落とすので「いいんだ、いいんだ」と慣れっこになった返事をした。
しかし、いつの間にかドアのノブにポリ袋が結んであった。
「まさか!?」
結びを解くと、なんとあのイカ駄菓子の袋がゾロリと出てきた。出かけた先の菓子屋に売っていたというのである。
イカ駄菓子を口に入れて噛んでいたら、(何事も念ずれば花開く)という思いが違和感なく込み上げてきて、我ながらオカシなことに涙が出てきたのだった。
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