午前三時の東京・吉祥寺。(中略)並ぶのはほとんどが六十−八十歳の高齢者たち。彼らのお目当ては一本五百八十円の羊羹(ようかん)だ。
わずか1坪の和菓子店「小(お)ざさ」に行列ができ始めたのは、三十年以上も昔だ。(中略)気温や小豆の様子で微調整する職人芸で、一日三釜、百五十本が限度。一人五本ずつ三十人しか入手できない希少性が行列を生んだ(中略)
「『羊羹メイト』って名付けたグループでお芝居や旅行に行くこともあるの」と話すのは六十歳の主婦。小ざさが生活の一部となった究極の上顧客だ。(中略)
バブル、デフレを経て「値段」という尺度が揺らぐ今こそ、カネではなく時間を費やして手に入れる名品が価値を増す。(中略)小ざさの先代は生前、「名物にうまいものなし」という言葉に、事業拡大で堕落していく名店のさまを読んだという。行列におぼれず、身の丈を知った潔さが、デフレ時代に変わらぬ花を咲かせている。