今は0歳からできる習い事がある時代で、教育熱心な親はいくつも掛け持ちさせていますよね。
でもちょっと待って!!その習い事、本当に自分からやりたいと言い出しましたか?いやがるのに鬼の形相で無理矢理やらせていませんか?私の経験からいくと好きなものは自分から進んで取り組んでいましたし、そうでないものはやる気すら起きませんでした。
幼稚園で憧れて始めたピアノは大学卒業まで続けることができたので満足しています。
小一では公文と書道を始め、公文は高校卒業まで続け、その後アシスタントとなり、数学に強くなりました。
書道については中三になるときに受験勉強に専念するためやめましたがあまり好きではなかったので、たいして上達しませんでした。
小二のとき、母親の趣味に無理矢理つきあわされるかたちで日本舞踊を始めましたが、これほど嫌いなものはありませんでした。嫌だといえばののしられ、踊り疲れて汗を拭けば「稽古中に汗を拭くとは何事だ!!]とひっぱたかれる始末でした。
平日の昼間、学校帰りにかつら合わせや舞台リハーサルに行くのも大きな負担でした。電車に乗って一時間以上かかるところでしたから。高校生になってから名取りを申請する話が出たものの、その直後に家元が亡くなったり、師匠が手術を受けたりするなどして、しばらくは稽古自体もありませんでした。
二十歳のときに再開することになるのですが、ここで母親と大ゲンカし、結局彼女にねじ伏せられるようにして、名取り式を待ちつつ、稽古をすることになりました。これは私が就職してからも続き、精神的に大変なストレスを抱えました。
話は過去に戻りますが、小四ではスイミングと珠算を始めました。どちらも検定試験があったので楽しかったです。
スイミングは二年通ったところでやめさせられました。理由は日舞とスイミングの稽古時間が重なったからです。舞台発表を理由に日舞を優先させられました。確かこのときもけんかしています。
珠算で覚えた暗算はとても便利で今でも役に立っています。
小五の冬に始めた英会話は面白かったです。とにかくしゃべることを重視するところだったので、二時間たっぷりしゃべるとストレス解消にもなりました。
先生がサービスしてくれるお菓子やコーヒーも楽しみでした。
定期的に先生が変わるシステムでしたが、受験する直前に当たった先生はアメリカ帰りで当時の日本の状況を把握しておらず、いらいらさせられました。高校進学後は自分で英語を勉強することにし、この英会話学校を去りました。また同じ先生に当たるのが嫌だったんです。
子持ちの主婦となった今はラジオやテレビの英語講座で勉強しています。ちょっとした道案内ならできる程度ですが十分伝わるし、実際に使ったフレーズは結構頭に残っているものです。
就職してからは茶道を始めました。自分で働いたお金でやっていたので、モチベーションが高く、お免状をいただいたときは感慨深いものがありました。
結局、情熱をもってやったものは上達するものだし、興味がなければいくらやらせようとしても身に付かないんですよね。
名取り式を迎える頃には踊りの振りも頭の中から抜けてましたし、母もようやく「無駄だったみたいね、、、」と認めていました。
実はピアノを始めたとき、すぐにはピアノを買ってもらえませんでした。どうせそのうち飽きて投げ出すのではないかと両親は思っていたようです。ならば買うだけ無駄だろうと。私は必死の思いで古いオルガンで稽古を続け、両親の店の手伝いもしました。やっと買ってもらったときは嬉しくて、なかなかピアノのそばから離れられなかったことを覚えています。ピアノを初めてすでに一年以上がたっていました。
子供だって本気になればこれくらいのことができるんです。音楽家や舞踊家などプロを目指しているのであれば話は別ですが、趣味や教養のためにやるのであれば、何も泣かせてまでやらせる必要はないと思います。
ちなみにうちの息子は公文の幼児教室に一年通い、小学生になってから退会し、今は進研ゼミ一本ですが、勉強では不自由していません。
退会した理由は「公文だとどんなに疲れていても休めないけど、ゼミなら自分の好きなときにやれるから」だそうです。確かに自分のペースを人に乱されたくない彼にとっては、通信教育のほうが合っていると思います。
本人が納得しない限り、続けても意味がないということをちゃんとわかっていれば、習い事で失敗することもないのではないでしょうか。 |